"白井調教師はこの世界には珍しく大学を卒業してからコネもなく飛び込んだタイプ。子どもの頃から馬は好きで、体も小さかったことから騎手になりたいと思っ ていたそうなのですが、兄弟は多くても一人息子だったため両親が進学を望み、一度は競馬の世界を諦めました。しかし、こっそりと牧場へ行ったりして思いは より強くなり、大学3年のときに厩務員試験を受けたそうです。このとき、まだ学生じゃないかと怒られ、もしやる気があるのならもう一度受けに来いと言われ たので大学を卒業してから試験を受けて合格し、厩務員になったそうです。ちなみに、この試験では「ダービー馬の調教師になりたい」と将来の夢を語り、試験 官に「これまでそんなことを言ったやつは見たことがない」と言われたとか。

厩務員として上田武司厩舎についた白井調教師は5年で調教助手になり、10年で調教師免許を取得、独立しました。それまで騎手引退者でなければとても調教 師にはなれませんでしたが、シンザンの厩務員だった中尾謙太郎さんが調教師になって道を開いていたおかげでなれたそうです。調教師としてはダンスパート ナー、スペシャルウィーク、アグネスデジタルなどを管理。スペシャルウィークは気性の激しい馬が多いサンデーサイレンス産駒の中では穏やかな子だったとの こと。これは、スペシャルウィークが母を生後すぐに亡くし、トロッターに育てられたからではないかと白井師は語りました。"